Danayarri, Hobbles
ダナヤリ、ホブルス
c.1925-1888
ウェイヴヒル・ステーション、ノーザンテリトリー。
アボリジナル共同体リーダー、警察官。
ホブルス・ダナヤリは1925年ごろにノーザンテリトリーのウェイヴヒルに生まれたムドバラ族の人物である。
ある日、ホブルスは父に連れられてダムの建設現場に行ったところ、多くのアボリジナルの男女が白人の監督官の下建設に従事しているのを目撃し、社会の不公正に対して憤った。少年期に彼は部族の歌や儀式を覚え、聖地へ赴くなど自らの部族共同体の中で生活していた。
1966年にホブルスはウェイヴヒルで発生した、アボリジニの牧場労働者たちによる公正な賃金と土地権を求めたストライキに参加した。その後ンガリンマン族の女性であるリジー・ワーダリヤLizzie Wardaliyaと結婚し、ヤラリン共同体の創設に貢献した。この時までにホブルスは自らの共同体の指導者となった一方で、伝統的法に通じるものとしてノーザンテリトリーと西オーストラリアのキンバリー地方を転々としていた。
ホブルスは彼の後半生を白人植民以降のオーストラリアにおける人種関係の研究に捧げた。その結果は主に口伝の物語という形で発表されたが、それらは訓戒や歴史、伝説の入り混じったものであった。彼はジェームス・クックのサガを発表し、白人植民者たちが先住民を追いやっていく様子を叙述している。
おおむね思慮深く穏やかであったホブルスであるが、部族の中に存在していたペンテコステ派の宣教師たちへ立ち退きを要求していた時、激して聖書を肉切り包丁で叩き切ったことがあった。その一方で、オーストラリア大陸に住む全ての人種に対して融和を求めていた。1988年3月24日にホブルスはガンによってキャサリン病院で死亡し、ウェイヴヒルに埋葬された。
上谷昌平1506