オーストラリア辞典
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Wodonga

ウォドンガ


ヴィクトリア北東部、メルボルンの北東約310キロ、オールバリーとはマリー川を挟んで双子都市である。
人口:25,825(1996)、18,142(1981)、7,498(1961)、1,510(1911)、34(1854)。


 地名はアボリジナルに由来し、オーストラリアのマリー川の植物の名前を指す言葉に由来する。1852から69年にはベルヴワーBelvoirと呼ばれていた。かつてはアボリジナルのウィーラージューリーの居住地であった。1824年ヒュームとホヴェルがこの付近を通過した。1836年、チャールズ・ヒューアンとポール・ヒューアンHuonが、Wodunga牧場を開いた後入植が始まった。38年からはシドニー・メルボルン間の郵便がここを通過するようになり、村が成長し、52年にタウンの測量が行われ、ベルヴワーとして官報に記載された。鉄道が建設されるまで、河川交通は重要であり、54年に港となり、警察署が設けられた。58年に電信が開通し、裁判所と税関が翌年建てられた。1861年にはオールバリーとの間の橋が完成した。73年メルボルンとの鉄道が開通し、オールバリーを介して83年にニューサウスウェールズの鉄道網とリンクした。76年にはウォドンガ郡の一部となった。鉄道開通後、重要な牛の販売市場になる。第2次世界大戦後はペットフード工場など、多くの工場が立地するようになった。

 1940年、町の東方にあるボウンギラに軍の基地が置かれ、1970年代には新たに軍の総司令部が建設された。またここに1947年に設置された移民のキャンプは、50年代中葉から60年代中葉にかけて、常時3,500人前後の移民を収容し、オーストラリア最大規模になった(71年閉鎖)。総計31万5,000人の移民がこのキャンプに滞在した。1973年ウォドンガはシティとなり、オールバリー・ウォドンガ成長センターの一部を構成するようになった。しかし、1989年に成長センターは解消された。

 シドニーとメルボルンを結ぶ幹線道路上、しかも州境に位置する町は旅行者にはなじみのふかいまちである。シドニーからくる場合には、オールバリーから真っすぐ幹線道路を直進すると自然にウォドンガのタウンセンターに入る。観光案内所はオールバリーとウォドンガのほぼ中間地点、ヒューム・ハイウェイの東の沿道にあり、町の情報のみならず、広くニューサウスウェールズやヴィクトリア両州の情報が得られる。

 藤川隆男1202