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Westminster, Statute of
ウェストミンスター憲章
1926年と1930年に開催された大英帝国会議の結果を受けて1931年にイギリス議会で成立したこの法律により、オーストラリアを含む大英帝国内の自治領が本国と対等の立場を認められた。一般に、これによって英連邦(イギリス連合)が発足したとされる。1926年にバルフォア卿の委員会は本国と自治領を、「イギリス国王に対する共通の忠誠によって結びつきながらも、英連邦の一員として自由意志により連合する、帝国内の自立したコミュニティであり、それぞれが平等で、内政、外交のいかなる分野においても互いに従属関係にない」と定義した。オーストラリアは1942年に、ようやくウェストミンスター憲章を批准した。ウェストミンスター憲章は、自治植民地の圧力に対し、英本国が譲歩して英帝国を守ろうとしたものだと言われる。なるほどカナダや南アフリカについては、この主張が妥当する。しかし、オーストラリアやニュージーランドは英帝国の弱体化に批判的であり、英帝国の英連邦への移行を望んでいなかったのである。それゆえ、オーストラリアやニュージーランドのウェストミンスター憲章の批准は、第2次世界大戦を待たなければならなかった。
石光崇昭1201