オーストラリア辞典
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Strahan

ストローン


タスマニアの中南部、ホバートの約300キロに位置する。
人口:701(1996)、516(1986)、489(1954)、429(1933)、839(1911)、1,504(1901)。


 名称は1881-86年の間タスマニアの総督を務めたジョージ・ストローンにちなむ。マクウォリー・ハーバーの北岸に位置するこの地域の探検は、1815年にジェームズ・ケリーJames Kellyによって最初に行われ、その頃には多くのアボリジナルが居住していた。アボリジナルは少なくとも2万年以上前から、この地域で暮らしていた。早くからロング・ベイLong Bayとレガッタ・ポイントRegatta Pointとして知られ、ヒューオン松切り出し地として入植が始まった。他方、セアラ島Serah Islandには、1821年に流刑地が設けられ、1833年まで存続した。1877年ヒームスカークHeemskirkスズ鉱山の補給基地として村が作られた。1892年には町であることが宣言された。ジーアンからの公営鉄道は1890年に開通したが、ライル山Mount Lyellの生産の始まりが町の成長を助けた。1899年にクィーンズ・タウンからの鉄道が開通した。ストローンは一時期タスマニアで最も賑やかな港だった。港湾委員会が1900年に設立され、マクウォリー・ハーバーを大型船が通れるように工事が行われた。現在重要文化財である税務署兼郵便局が1901年に建築された。1960年代鉄道が相次いで廃止され、1969年貿易港も正式に閉鎖された。マウント・ライル社がストローンに鉱石を運ぶ代わりに、バーニーへの鉱石運搬の鉄道を作ったからである。現在は重要な観光の中心地であり、ゴードン川Gordon River航行の起点になっている。1982-83年にはゴードン川とフランクリン川のダム建設反対の中心地となった。林業、漁業も盛んである。夏にはロブスター漁が行われる。港にはとれたてのロブスターをゆであげる店があり、その販売も行っている。

 左近幸村・藤川隆男0303