オーストラリア辞典
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St Arnaud

セント・アーノウ


ヴィクトリア中西部,メルボルンの北西約245キロに位置する。
人口:2,638(1996)、2,721(1981)、3,150(1961)、2,900(1947)、4,096(1911)、3,045(1891)、1,101(1871)。


 クリミア戦争でのフランスの司令官、アーマン=ジャック・ルロイ・ドゥ・サンターノーArmand-Jacques Leroy de St Arnaudにちなんで、まずクリークにこの名がつけられた。かつてこの地域にはDjadjawurungのアボリジナルが居住していた。町の北にはアボリジナルの井戸の跡が残り、その生活をしのばせる数少ない遺跡になっている。1838年に入植が始まり、40年代に集落が生まれた。1855年に金が見つかったとき、この地域はニュー・ベンディゴウと呼ばれた。最初のヨーロッパ人の入植地はWhite Patchとして知られていた。1856年に町の場所が測量され、ニュー・ベンディゴウの村より南東の地点に名前がつけられたが適さず、1858年に新しい場所が町に選ばれた。銀がこの頃発見され、多くの会社が設立された。1863年に自治体となり、最初の地方紙が1864年に発行された。1869年の土地法以降に稠密植民が開始され、農業が発達した。その結果、1872年から1876年の間に人口は3倍になった。1874年に病院ができ、1878年には鉄道が開通した。1870年代にはいくつかの小麦工場が建てられた。最初のゴールドラッシュは短命で人口はすぐに減少したが、深い鉱脈の採掘は1885年から1926年まで続けられた。最も大きかったロード・ネルソンLord Nelson鉱山は1915年に閉鎖された。1950にタウンとなった。現在は周辺の混合農業や牧畜地帯のサーヴィス・センターになっている。

 藤川隆男0303