Rockhampton
ロックハンプトン
クィーンズランド中東部、ブリズベンの北637キロに位置する。
人口:57,770(1996)、50,146(1981)、48,213(1971)、34,988(1949)、15,461(1901)、6,906(1871)、698(1861)。
名称は、フィッツロイ川Fitzroy Riverの岩場に由来し、1856年ウィリアム・ワイズマンWilliam Wisemanが名づけた。「岩に近い町」という意味である。現在、クィーンズランドで第6番目の規模を誇る都市であり、郊外には、アレンズタウンAllenstown、デポウ・ヒルDepot Hill、フレンチヴィルFrenchville、カルカKalka、カワナKawana、クーンガルKoongal、レイクス・クリークLakes Creek、ノーマン・ロードNorman Road、ノース・ロックハンプトンNorth Rockhampton、パーク・アヴェニューPark Avenue、サウス・ロックハンプトンSouth Rockhampton、ザ・レインジThe Range、ウォンダルWandal、ウェスト・ロックハンプトンWest Rockhamptonがある。
この地域は、元来アボリジナルのBayaliやDarambalの土地であったが、1853年にチャールズとウィリアム・アーチャーArcher兄弟が探検し、フィッツロイ川Fitzroy Riverを命名してから、白人による入植が始まった。1855年にチャールズが入植し、翌年政府はロックハンプトンの町の設置を決定した。1858年に金が発見されたのを契機に、入植が進み、タウンと港が正式に設立された。1868年に牛肉の輸出、1871年には精肉会社の労働者のための住宅建設計画が始まり、同年缶詰肉の輸出が開始された。町は1883年にバラとなり、1902年にシティとなった。19世紀末のこの時期に、都市の中心部にある主要な建築物は建てられた。20世紀に入っても中部クィーンズランドの中心都市として、順調に発展を続けた。
歴史的建造物として、Aust Estate Co offices(1861)、ユニオン・トラスティーUnion Trusteeの建物(1877)、セント・ポール寺院St Paul's Anglican cathedral(1879-83)、裁判所(1887)、スコティア・プレイスSchotia Place(1888)、ロイアル・アーケードRoyal Arcade(1889)、クライテリアン・ホテルCriterion Hotel(1889)、セント・ヨセフ寺院St Joseph's Roman Catholic cathedral(1889-90)、郵便局(1892)、コマーシャル・ホテルCommercial Hotel(1898)、旧税関(1901)などが残っている。
西に広がる後背地の中心都市である同市は、農産物の加工業が発展し、地域のサーヴィス・センターとして機能している。また、1869年に開設された植物園Botanic Gardenで有名であるが、鹿児島県指宿市と姉妹都市の関係を結んでおり、1982年に日本庭園がつくられている。この他、周辺地域での石炭などの鉱物の採掘も町の経済の活性化に貢献している。
志方光・藤川隆男0403