オーストラリア辞典
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Public house sports

パブのスポーツ



 19世紀のオーストラリアでは、パブは宿や酒だけではなく、食事や娯楽を提供する重要なコミュニティー・センターであった。酒場のスポーツは、重要な社交場であった。酒場のスポーツはイギリスの文化的伝統に由来していた。イギリス移民に馴染み深いさまざまなゲームや競技が、オーストラリアのパブに現れた。そのようなイベントを企画し、スポンサーとなったのは、パブの主人である。彼らは主に食欲旺盛な男性をひきつけようとした。スキットル場skittle alleyや輪投げ場はパブにおいてよく見られ、特に労働者層の男性に人気があった。ビリヤードはより高級な娯楽だった。

 パブは動物を用いた流血スポーツの開催場所でもあった。闘鶏、闘犬、牛いじりbull-baitingなどが代表的なものである。しかし19世紀が進むに従って、これらの競技は野蛮だとされ、次第に違法とされていった。それにも関わらず、害獣であったねずみには法的保護が与えられなかった。ねずみの落とし穴は19世紀のパブに残存し、最も多くの餌食を捕まえた犬に賞金が与えられた。

 ボクシング場とレスリング場を備えるパブも存在した。特にそれらは労働者階級の男性をひきつけた。これらは、見物人にとって楽しい娯楽であり、パブ経営の柱だった。しかし警察と政府は、そのような場から勃発する無秩序を恐れていたため、ボクシングはパブから非合法な場へと追いやられていった。

 パブに隣接する広場でも、スポーツは盛んに行われた。鳩撃ちは高貴な催しであり、「より良い」階級の間で行われた。すき使い競争ploughing matchesは家族の催しであり、男性が自身の能力を誇示する一方で、女性たちは傍らで声援を送っていた。競技の後は必ず最寄のパブで夕食会が開かれ、そこで賞品の授与がなされた。

 シングル・ウィケットのクリケットsingle-wicket cricketや徒競走のようなスポーツ・イベントは、より即興的な催しだった。徒競走はしばしば、賭けの対象となった。賭け事としての競馬も公然となされ、しばしばパブの前の道路で行われた。

 パブは本質的に男性の占有する社会的な場であった。この意味で、女性は一般的にパブのスポーツへの参加を認められていなかった。しかしながら女性や子供は、時おり見物人として姿を現した。彼女らは、運勢・強靭さ・忍耐力・技術力の競争からステータスとアイデンティティを引き出そうとする男たちを観察した。

 共同体と文化の中心としてのパブの役割は、20世紀には次第にその影響力を失っていく。その結果、パブのスポーツも衰退していった。ダーツやエイト・ボールのような新たなゲームがより主流となり、それらは労働者階級のホテルのフロントバーで行われた。最近導入されたホテルのケーブルテレビとTABによる賭けは、パブのスポーツとギャンブルに、新たな次元を提供した。

 松田真00