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Koo-Wee-Rap
クー・ウィー・ラップ
ヴィクトリア中南部の町、メルボルンの南東75キロ、ウェスタンポート湾の北岸に位置する。
人口:1,118(1996)、1,104(1991)、1,047(1981)、839(1954)、1,135(1947)、652(1911)。
地名は「黒い魚」という意味のアボリジナルの言葉に由来する。1892年に鉄道が開通するまでは、Yallock Settlementと呼ばれた。白人の入植以前はBoon wurrungのアボリジナルの居住地であった。
1826-27年に、まずコリネラCorinellaに植民しようとしていたウィリアム・ホヴェルが、この地域を探検し、1840年代前半にヨーロッパ人の植民が始まった。この地域の大部分は沼地に覆われていたが、1870年代前半にジャガイモの栽培に成功すると、植民が急速に進展した。1885年以来、沼地の多くは、初期の定住者、ダンカン・マグレガーと技師カルロ・カタンなどによって埋め立てられた。1894年までには、1人当たり20エーカーの256ブロックが埋め立てと農作業を行なっていた住民に割り当てられた。第1次世界大戦後、約300人の復員した軍人が政府が買い上げたブロックに入植した。この入植によって沼地はほとんど消滅した。排水施設は、1920年や1934年の洪水を受けて、さらに整備され、町はアスパラガスなどを生産する豊かな農業地帯の中心として、また酪農地帯の中心として発展し、最近はメルボルンの住宅地としても利用されている。
藤川隆男0603