オーストラリア辞典
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Gawler

ゴーラ


南オーストラリア南東部、アデレイドの北43キロに位置する。
人口:15,484(1996)、13,835(1991)、11,354(1986)、9,433(1981)、4,436(1947)、1,676(1933)、4,037(1911)、1,996(1901)、2,122(1891)、1,202(1861)。


 ワイン生産で名高いバロッサ・ヴァリーにある町。この地域は、もとはガーナKaurnaのアボリジナルの居住地であったと考えれている。地名は、第2代南オーストラリア総督ジョージ・ゴーラに因んで命名され、かつてはゴーラ・タウンGawler Townとして知られていた。1837年にウィリアム・ライトによって用地の測量が行われ、1839年にタウンの区画が行われた。キング一家が1840年に入植し、1846年に最初の製粉所を建設、キングスフォード農場を設立した。1855年には、組合製粉所が建設された。この製粉所は、1860年代から70年代にかけて繁栄した。現在はレストランになっている。1857年に自治体となった。同じ年にアデレイドとの間に鉄道が開通し、1860年に路線がカパンダまで延長された。グローブ(キングスフォード)・ホテルが1858年頃に建設され、旧ホイートシーフ・ホテルが1859年に営業を開始した。旧電信局が1859年から60年にかけて建設された。郵便局が1866年に、タウン・ホールが1878年に建設された。19世紀には多くの教会も建築されており、ゴーラはまさに歴史の町である。収穫機械を製造するために、大規模作業場が1882年、ジョン・マーティンによって設立された。1890年には、この作業場で南オーストラリアで最初の機関車が製造された。しかし、1892年以降は政府からの受注が途絶え、1914年に作業場は閉鎖された。町の中央部は景観保護地区となっている。1883年、農学専門学校が北西部のロウズワージーRoseworthyに設立された。ここでは、1881年にすでに過リン酸肥料を使用した重要な実験が行われた。その後、この学校は1936年に醸造学専門学校となった。

 現在はバロッサ・ヴァリーの中核都市であり、商業施設などが集まっている。また、アデレイドへの通勤圏でもあり、人口も増加傾向にある。

 津田博司・藤川隆男1015