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Edithburgh
イーディスバーグ
南オーストラリア南東部、アデレイドの西222キロに位置する。
人口:400(1996)、359(1981)、510(1961)、477(1954)、869(1911)、234(1881)。
地名はファーガソン総督の妻にちなんで名づけられた。白人による入植以前は、先住民Naranggaの居住地であった。北西にあるヨークタウンYorktownは1847年に植民され発展したが、イーディスバーグはこれに遅れて1870年頃に農業地として測量され、町は1871年に建設された。1872年にはトルゥーブリッジ・ホテルTroubridgeや波止場が、1899年には製塩所が建設されるなど、町は発展していった。塩の生産は1920年代末にピークを迎え、人口も約1,000人に達した。この頃の建物が現在も町に残っている。また、この地方では大麦や石膏が生産されている。
1856年にトルゥーブリッジ灯台が建設されるまでは、多くの船がこの海岸線で難破した。1909年にはクラン・ラナルド号が近海で難破し、40人が命を落としている。
新村祐規・藤川隆男1202