Loading
Colac
コウラク
ヴィクトリア中南部、メルボルンの南西148キロ、コウラク湖南岸に位置する。
人口:9,793(1996)、10,249(1991)、10,587(1981)、5,503(1933)、2,204(1891)、746(1861)。
地名は、コリジョンKolijonのアボリジナルの言葉で「砂」あるいは「淡水湖」を意味するKolakに由来するが、もともとは、現在の都市部ではなく、コウラク湖周辺の岬の名称であったといわれる。コリジョンあるいはガリジャンGulidjanの人々はこの地域の先住民であり、1839年にバンティングデイル・ミッションがビレガラBirregurraに設立された。1837年、ヒュー・マリーが最初の入植者である。集落はインの周辺に発達し、1844年に測量され、1845年ポートフィリップ地区で最も古い集落の1つとなった。1848年からメルボルンとの郵便サーヴィスが始まり、1850年代には学校や各宗派の教会、製粉所など多くの建物が建設された。1858年にはコウラク湖へ魚の放流が行われた。その前年、トマス・オースティンが放したウサギがこの地域に進出を始め、農作物に大きな被害を与えるようになっていた。これに対して、1871年にはウサギの食肉処理工場が建設され、年間550万匹が処理され、イギリスなどへ輸出された。1877年に鉄道が開通し、1923年に下水設備が設けられたが、後者はヴィクトリアの地方都市としては最初のものであった。集落は1930年にバラに、1948年にはタウンに、1960年にはシティになった。
藤川隆男0203